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innocence/guiltiness
いつもいつも、彼女は泣きそうに微笑む。
そんな顔をさせているのは、他でもなく自分なのだと知っていた。
知っていた、けれど。
「――ナマエ、」
真横に座る彼女の顔を覗き込むようにして、その名を呼んだ。二人の人間が並んで座るには少しばかり窮屈な、安物のソファが軋む音を立てる。外にはもう夜闇が広がっていた。部屋を照らしだすのは、やわらかな橙色を帯びたランプの火明かりだけだった。
数秒の間、視線が重なりあう。そのまま華奢な身体が肩に預けられた。感じる重みは微々たるもので、自分の体格のよさを差し引いたとしても、その痩躯の頼りなさは疑いようがない。
――壊れそうだ、と思った。
それは漠然とした思考に過ぎなかったけれども。振り払うことの出来ずにいるうちに、続けるはずだった言葉を見失っていた。
どこまでも真っ直ぐな恋情をぶつけられたあの日。
忘れられない人がいる、と言った自分に、ナマエはそれでもいいと笑った。
いつしか溺れるようになっていったのは自分の方だというのに、それでも心の奥底にある憧憬はどうしたって自分を捕えて離さなかった。
一度死んだはずのこの身を、生き返らせてくれたひと。
命を賭して、剣を振るい続ける理由。
ただ一人剣を捧げた、主君とも呼ぶべき存在が心にある限り、自分にはナマエを幸せにすることなど出来はしない。
そんなことは、最初から分かっていたはずだったのに。
「なぁに、オグマ?」
いつだって向けられる笑みに甘えるばかりだった。どうしようもないほどに、甘えていた。
振り返ればそこに居てくれるから。
触れることのできる、温かな手がそこにはあるから。
自分は彼女に何も与えることが出来ないのだと知りながらも、確かな安らぎに手を伸ばすことを止められなかった。
「……もう、なんて顔してるのよ」
凭れていた身体を起こして、ナマエは静かに座りなおした。白く小さな両手が頬を包み込むように触れる。
困った様に笑う彼女に、出来ることなら同じ言葉を返したかった。
主の幸せは、何よりも強く願っている。それと同時に、ナマエにも同じくらい幸せでいて欲しいと思っているのだ。その心に偽りなどは決してない。けれどそれを願う資格もまた、この身には存在しなかった。
彼女を縛り付け、彼女からそれを奪っているのは自分なのだから。
「……お前は、」
「うん?」
「お前は俺を責めないのか」
片手を持ち上げて、頬に触れているナマエの手に自らのそれを重ねる。
求めることも拒むことも、結局は傷つけることにしかならないのだと分かっていた。だから自分は彼女の隣に居るべきではない。彼女を本当に幸せにすることのできる誰かが、いつ現れてもいいように。彼女ただ一人を只管想うことのできる誰かが、いつでも彼女を抱きしめてあげられるように。
……けれど、だとしたら何故。
そうまで分かっていて離れられずにいるのは、離すことが出来ずにいるのは、
寂しいから?
彼女が望むから?
――決して手に入ることのないひとの影を、彼女の姿に重ねているから?
「言ったでしょう、」
脳裏を過った残酷な思考すら、全てが見透かされているような気がした。それほどに澄んだ瞳がゆっくりと細められる。
錯綜する自分の感情とは裏腹、ナマエはひどく穏やかだった。
「わたしは一番じゃなくたって、いいの」
微笑む彼女が告げたその言葉は、堰を決壊させるには十分過ぎた。
だから、と続けようとする唇を強引に塞いで、そのまま圧し掛かるようにソファへと押し倒す。彼女は驚きに瞳を見開くことも、頬を朱に染めることもない。ただ、慈悲すら感じさせるほどの眼差しだけが、真っすぐに自分を見据えていた。
「――好きよ、オグマ」
僅かな距離、そこにある空気だけが小さく震える。
もう何も、考えられなかった。