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Arm und Nacken die Begierde,
祭りごとを好むという気質は、ラグズもベオクもそう変わらないのかもしれない。
薄暗くなっても辺りが騒がしいままなのは、普段ならもう家に居なければならないはずの子供たちが、今も街中を飛び回っているからなのだろう。様々に仮装した子供たちは家々を訪ね、「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」との決まり文句と一緒に菓子を貰って回る。そんな少し変わった行事が行われるのがこの日だった。
これは元々ラグズの間にあったものではなく、ベオクから伝わった風習だったけれど、それでも幼い子供たちが楽しむには十分だったのだろう。それに、三種族がまとまって新たな王国を形成したばかりの鳥翼族の間にはどこか高揚したような空気が広がっていたのだ。何かにつけて大騒ぎをしたがる雰囲気は確かにあった。
そうして、何故かこの王宮もご多分に漏れることはなかったのだった。
子供でもないのに張り切って仮装した姿もいくつか見受けられたけれど、結局は祭りに託けて豪勢なパーティーを催したいだけだったのだ。
そういう賑やかな場がどうにも性に合わない自分は、料理や菓子を作るのを手伝った後は自室でなんとなく過ごしていたのだが。
「ナマエ、いるんだろ?」
ふと、在室を問う声と共に大きな音で扉が叩かれる。返事をしないうちに、部屋のドアは開け放たれた。
……これではノックの意味が無いではないか。
ナマエは心の中で独り言つ。この声の主には毎度のことだから、一応もう諦めてはいるのだけれども。
「姿が見えなかったからな。やっぱり出てなかったのか」
「……わたしがああいう場を苦手なのは、もう分かってるじゃないですか」
「だと思って持って来たぜ」
男は片手にまとめて握ったグラスと酒瓶を宙で軽く揺らしてみせる。そうして部屋へと踏み入ると、もう片方の手が音を立ててドアを閉めた。そのまま大きな歩幅で数歩。ナマエの腰掛けるソファの横に、彼は無遠慮に身を沈めた。
目の前にあるローテーブルの上にグラスを置いて、男は瓶の栓を抜く。小気味のいい音が部屋に響いた。
「いいんですか? 王が会場に居ないだなんて」
「構わんさ。どいつもこいつも出来上がっちまってるからな、黙って抜けたぐらいじゃ誰も気付かねぇだろう」
琥珀色の液体がグラスに注がれるのを眺めながら、そうですねと相槌を打つ。
さすがに気付かないということは無いと思ったけれど、少し席を外した程度で大事になるということもないだろう。それよりも、自分を気にかけて男が会いに来てくれたということを、ナマエは素直に嬉しいと感じていた。
「それに、お前からはまだ受け取ってないんでな」
手渡されたグラスを口元に運んだところで、男が発した言葉に首を傾げる。浮かんだ疑問をそのまま口にしてみた。
「何を?」
「決まってるじゃねぇか、菓子だ菓子」
……まさか。
思わず口に出してしまいそうになる。
どう考えても、この男は菓子を欲しがるというような柄ではない。酒だとか肉だとかそういったものならまだしも、だ。いくら風習通りだとは言え、菓子だなんて似合わないにも程があるというのに。
「……」
「おいおい、そんな怪訝な顔するこたぁねえだろう」
「だってあなたがそんなもの要求するはずなんか、」
グラスを呷る男にそう返せば、含みのある視線が返ってくる。
小さなグラスはすぐに空になった。当然のように二杯目――実際はここに来る前にも大分飲んでいたのだろうが――を注ぎながら、彼は面白そうに言葉を続ける。
「まぁな。俺だってお前がんなもん持ち合わせてるとは思っちゃいねぇよ」
「? それならどうして」
「ガキ共の口上は知ってるだろ?」
言われてすぐに思い出した。
――お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。
その決まり文句が脳に過ぎった瞬間、ナマエは頭を抱えたくなった。
……この男は、単に最初からそれが目的だったのだ。
自分の頭の回転の鈍さに俄然がっかりしながらため息をつく。結局少しも口に出来なかったままのグラスをローテーブルに置いた。ただ、この後の事を考えれば、飲まなかったことはかえって良かったのかもしれない。
「……なんだってこんな、」
「あぁ?」
「わざわざ行事に事寄せたりしなくたって、あなたはいつも……」
その続きは気恥ずかしくて口にすることが出来なかったが。
男は喉の奥でくつくつと笑う。少しばかり酔いが回ってきているのかもしれない。ソファがぎしりと音を立てた。
「偶にはいいじゃねぇか」
言葉が終わるのと、手首を束ね上げられるのとは同時だった。
冷たいグラスを握っていたせいで、掴まれたその箇所はひんやりと冷たい。ゆったりとしたローブの袖は重力に従って、肩のあたりでわだかまってしまった。
露わになった腕の内側に、男の舌が這う。甘ぇな、と彼は呟いた。
「なあ、悪戯が出来る上に菓子まで貰っちまうってのはどうなんだ?」
「そんなの知らない……!」
それは文字通り食われるということに他ならない。
後はもう、観念したように目を伏せるのみだった。
「……ま、悪戯程度で済ます気なんざ更々ねえんだがな」
そうして、男はナマエの白い首筋に歯を立てるのだ。