Aa ↔ Aa
Oh my buddy!
「……駄目だった」
食堂の端のテーブルにつきながら、向かいの席でそわそわしている男にそう告げる。
言葉を聞いた彼は笑みを返してはくれたが、その表情には微かな落胆の色が見て取れた。殊に色事に関しては、この男は本当に分かりやすいと思う。
「姫様、今からお出掛けなんだって。だからメルヴィスもお供するみたい」
「そうですか……」
「ごめんね、ご期待に添えなくて」
「そんな、俺に謝ることじゃありませんよ! でも、出掛けるならナマエ殿もご一緒には行かれないんですか?」
「うん。だって、メルヴィスに来なくていいって言われたんだもの」
「……それはまた……」
メルヴィスを連れ出してクロデキルドから引き剥がし、そうして障害の無くなったところでアスアドが彼女を誘いに向かう。そんな筋書きは見事に玉砕してしまった。
結果、仮称・不毛な片想いの会会員両名とも進展は皆無。
運ばれてきた紅茶に角砂糖を落とし、スプーンをくるくると回しながらナマエは溜息をひとつこぼした。
「ナマエ殿も、厄介な男に惚れたものですね」
「本当にそうよね」
「あんな堅物のどこが――あ、すみません……!」
「いいのいいの。わたしだってそう思うもの」
厄介な堅物。確かにその通りだ。
今回の作戦にしても、たとえ外出の予定が無かったにせよ彼が自分の誘いに乗ってくれていたとは到底思えなかった。彼が自分のことをどう見ているのかなどは全く分からないが、単に同僚としか思われていないという公算はとてつもなく大きい。どちらにしろ、初めからこの作戦は失敗確定だったということか。それならば、目の前のこの男には悪いことをしてしまったかもしれない。
互いに、前途は多難。
仮にメルヴィスと自分とが結ばれたとしたら、アスアドにとっての障害は恐らく減るだろう。逆にアスアドがクロデキルドとそうなってくれれば、メルヴィスも今ほど姫様姫様とは言わなくなる……と思いたい。こんな風にして自分たちは利害一致の関係だといえるわけだが、今は望みが成就する気配の薄い者同士が互いを慰め合っているだけのような気がしなくもない。
生真面目な純情青年を地で行くこの男には、本当に幸せになってもらいたいと思うのだけれど。
「やっぱり、姫様がアスアドさんに惚れてくれるのが一番いいんだけどな。姫様自身の意志なら、メルヴィスも文句言えないだろうし」
メルヴィスがクロデキルドに対して抱いているものが純粋な忠誠心だけなのか、あるいはそれ以上のものもあるのかは、やはりよく分からない。目の前のアスアドと違って、感情が全く顔に出ないあの男の心中を推し量ることなど不可能だ。
それでも、たとえ望まないことであっても、彼ならば姫の意志を尊重するのだろうと思う。恐らくは。
「そ、それは願ってもないことですが……!」
俺のような者にはそんなこと恐れ多すぎます、と。
理想の話をしただけなのに、面白いくらいに顔を赤らめてくれる。
……こんな風に慌てているうちは、我が姫君を落とすことなどまだまだ叶わぬか。
クロデキルドはそういう方面に関してはどうにも鈍いような節がある。慕われていることこそ分かっていても、彼の本当の気持ちには気付いていないのではないかと思われた。もっとも本人にそんなことを聞けはしないのだが。
ただ、少なくとも彼女がアスアドのことを良く思っているということは保証できた。
彼女が彼に見せる笑顔は、心から信頼する相手にだけ向けられるそれと同じなのだから。恋愛感情とは果てしなく差があるにしろ、メルヴィスと自分よりは余程可能性があるはずだ。なんとなく先を越されるようで悔しいから、そのことはアスアドには言ってやらない。
「……けど、メルヴィスも馬鹿ですよ」
カップを持ち上げようとしたところで、男はふと口を開いた。
「え?」
「せっかくナマエ殿のような素敵な方から好意を持ってもらっているのに、喜ばないなんて勿体なさすぎます」
俺だったら、嬉しくて仕方がないと思うんですけどね。
……いくらなんでも、真顔でそんなことを言うのは卑怯ではないか。冗談を言えないこの男に限って他意は無いだろうし、ありがたいことに本心からそう言ってくれたのだろうけれど。フィルヴェーク団でも首位を争うような美青年に面と向かって告げられて、これを照れずにいられるわけがない。
「……はぁ、」
ああもう、世の中の何と上手くいかないことか。
彼がクロデキルドにもこんな風に接することが出来たなら、彼の願いも、ついでに自分の願いも、少しと言わず実現に近付くかもしれないのに。
「ナマエ殿? 俺、何かお気に障るようなことを……」
「まさか。嬉しくて言葉も出なかったってだけよ」
おかげで、主君に言上したくてたまらなくなってしまった。こんなに純情で優しい男なんて他には絶対にいない、と。
自分のことの前に、まずはどうしたって不器用なこの男の売り込みから始めようか。そう思いながら、ナマエは未だ熱いままの紅茶を口へと運んだ。