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Faisons une pause!

 暑い。
 ぎらぎらと照りつける太陽が、容赦なく首元を灼いていく。
 軽く眩暈を覚えながらも、わたしは地面にしゃがみ込んで、畑に生えた雑草をひとつひとつ抜いていた。気の遠くなるような作業でも、注意を疎かにすることは出来ない。ここの畑は播種がされたばかりだから、子葉と区別して雑草だけをきちんと抜かなければいけないのだ。
 わたしはこの土地の生まれだし、農作業にも慣れている方だとはいえ、やっぱり暑いものは暑い。帽子だとか日よけの外套だとか、ここの地主であるヤディマさんのような完全武装をしてくるべきだったと今更ながらに悔やまれた。汗が額を、首筋を流れ落ちていく。
「……暑い」
 声に出したところでどうにかなるわけでもないのに、完全に頭を支配している言葉がつい口からこぼれてしまった。
「……分かりきったこと言わないでー」
 隣で同じ作業を続けるリウから、覇気のない文句が返ってくる。
 彼の言うこともごもっともだけれど、黙ってこの暑さに耐え続けていたら本当に気が変になりそうだ。そしてそう思った数秒後には既に、わたしは暑さに屈してしまっていた。
「……ちょっと早いけど、とりあえず休憩にしない?」
「……さんせー!」
 その言葉を合図に、わたしたちは木陰になだれ込むようにして身体を投げだした。
「……ねえリウ、水かぶりたい。それか雪」
 マリカやポーパス族が使っていた水の力、それからスフィールさんのことを思い出しながら、一ポッチ分の期待も込めずに言う。
「……出来るもんならとっくにそーしてる。砂まみれになりたい、ってんならお安いご用だけどさ」
 返ってきた答えに軽く笑いながら軍手を外して、木陰に置いておいた荷物に向かってゆるゆると腕を伸ばした。そのまま、手の感覚だけを頼りに袋の中をごそごそと漁る。なんともじれったく感じるような動作だけれど、一度横たえさせた身体は起き上がるのも億劫だったのだ。
 やっとのことで、シスカさんがお弁当と一緒に持たせてくれた水筒を二本取り出すのに成功する。その片方をリウに手渡して、次の瞬間には蓋を開ける音がぴったりと重なっていた。
「なにこれ、おいしー……」
「あー、マジで生き返る……!」
 乾ききった身体に、まだ少し冷たいお茶が染みこんでいく。
 仕事はまだまだ残っているというのに、中身を一気に飲み干してしまいそうな勢いだった。二人揃って寝転んだまま器用に給水をしているという図の方も、それはそれでどうかと思ったのだけれど。

 今回の仕事は、このシトロ平原にあるヤディマさんの農地の手入れをすることだった。
 余裕のあるときには本人がここにも通っていたのだけれど、フィルヴェーク団が大所帯になるにつれて野菜の需要も増えて、少しずつ城の畑を拡大していくうちに、だんだんと手が回らなくなってきたらしい。そこで、こっちの畑の手入れをする人材を探していたんだとか。
 リウとわたしが抜擢された理由はよく分からない。たぶん、農作業を任せられそうな人材がたまたま揃って出払っていたとかだろう。
 幼馴染兼団長直々のご指名を賜ったのだし、断る理由もなかった。わたしにとってはむしろありがたかったくらいだ。最近はなかなか忙しくて、両親のいる村の方に顔を出すこともほとんど出来ていなかったから。
 城内に籠りっぱなしで軍略を練っていたリウにとっても、少しは気晴らしになっていればいい。もしかすると、シグもそう思ってリウを送り出したのかもしれなかった。今の戦況は落ち着いている方だから、それほど問題はないだろう。あの幼馴染も、ああ見えて実は色々と考えているのかもしれない。
 しばらくすると、降り注ぐ陽射しが少しばかり和らいだ。空に疎らに散らばった雲が泳いで、太陽を薄く隠したのだ。喉を潤すお茶のおかげもあって、さっきと比べればだいぶ涼しくなっていた。
「……なんかさー、前にもこーゆーのあったよな?」
「あったあった。……あれじゃない? ほら、みんなでもさもさ追いかけ回したとき!」
「それだー!」
 当時、といってもたった二、三年前のことだけれど、わたしたち村の子供はシグを中心にまだまだ遊びたい盛りを引きずっていた。そんな頃のある日、たまたま村の近くに野生のもさもさが迷い込んで来たものだから、わたしたちは面白がってそれを追いかけ回す遊びに興じたのだ。捕まえて毛皮を売れば行商人から物珍しいものを買うことも出来る、と張り切って追いかけていたのが、そのうちに追うこと自体が楽しくなっていた。残念ながら、リウとわたしの体力は最後まで保たなかったのだけれど。
 今日ほど暑い日ではなかった、そんな覚えはある。それでも必死で逃げ続ける野生動物と、底なしとも思えるような体力を発揮してそれを追いかける三人の友達に付いていくということは、体力なしのわたしたちにとって簡単なことではなかった。そうして結局こんな風に二人揃って、志半ばで情けなくダウンしたというわけだ。
 もっと昔なら、こういう時に一番最初に音を上げていたのは間違いなくわたしだったけれど、リウが村に来てからは彼とわたしでいい最下位争いをするようになった。びっくりするほど活動的な三人に対しては、わたしたちが二人で見守る役になることもしばしばだった。
「……懐かしいなー」
 懐かしいというほどの時間も本当は経っていないのにそう感じてしまうのは、城に移って以来怒涛の展開とでも呼べるようなものが続いたからかもしれない。この場所にいるとどうにも時間がゆったり流れているように感じられるから、余計にそうなんだろう。
 風が運んでくるさわやかな草の香りは癒されるというか、いい意味で気が抜ける、というか。不思議な安心感からか、だんだん眠気まで催してくる。それはわたしたちの故郷の香りだった。そしてリウもきっと、この場所を第二のそれだと感じてくれているのに違いない。
 帰ってきたと感じられる場所は、きっといくつあったっていいんだから。

「なぁ、ナマエにいっこ提案があるんだけど!」
 再び口を開いたかと思えば、リウはこんなことを言い出した。
 今思いついたばかりだというよりは、温めていた、というような感じがする。顔だけを彼の方に向けてその内容を尋ねると、なんとも困った言葉が返ってくるのだった。
「このまま昼メシにして、そんでその後昼寝するってゆーのはいかがデショーカ!」
 ……振り払おうとしていた誘惑を、こうもあっさり口にしてくれるだなんて。
 彼の提案には呆れ半分、だけどもう半分のところでは、うっかり心が傾いてしまったというのも事実だった。だって、シトロ平原での昼寝をするのがどれだけ気持ちいいことか。
「……リウ、それ本気で言ってる?」
「うん、すっげー本気」
「草取りだって全部終わってないし、その後で肥料撒きもしなきゃいけないのよ?」
「そりゃ分かってるけど。でもさ、涼しくなってからの方が効率も上がるんじゃねーかな?」
 確かに気温のピークが過ぎるまでにはもう少し時間がある。太陽も雲も動くんだし、作業を再開すればたちまち暑さを感じることは明らかだった。
 あんまり長く置いておくと、せっかくシスカさんが作ってくれたお弁当も傷んでしまう。それに、何も今日中に仕事を終えて帰って来いと言われているわけじゃないんだから、そんなに急ぐ必要だって――。
 ここまで考えて、自分が頭の中でせっせと休むための言い訳を繰り広げていることに気が付いた。
 あんな風に言われて揺らがないわけがない。自分ひとりなら我慢もするけれど、同じ思いの仲間がいるなら途端に流されてしまいがちになる。もしかすると、この軍師はわたしのそういうところも見越した上でさっきの提案をしたのかもしれない。だとしたらとんだ策略家だ。
「……よし、乗った!」
 自分の弱さに負けたんじゃない。
 そうじゃなくて、わたしはリウの策の方に負けたのだ。今はそういうことにしておこう。
「さっすがナマエ! 話が分かるよなー!」
 上体をのろのろと起こして、袋から出したお弁当の包みを広げる。
 怠け者で通っているわけじゃない。やる気だってないわけじゃない。ただ少しだけ、たまには少しだけ、昔のことでも思い返しながら、こうしてのんびりしてみたっていい。最後にはちゃんと仕事もするんだから、きっと文句は言われないはずだ。
「やったあ、ラパロ鳥のから揚げが入ってる!」
「うまそー!」
 それに、こうなったのはリウとわたしを二人だけにしてしまった、シグの采配ミスでもあるんだから。

リクエスト「シトロ村出身ヒロイン、ほのぼの」より
2009.11.22

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