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Mon Amie
元来、自分は考えるより先に身体が動くタイプなのだと思う。
幼い頃からシグやジェイルたちに交じってやんちゃばかりしていた自分は、おてんば少女の名をマリカと二分するくらいだった。無茶が過ぎて生傷を作るようなことも絶えず、女の子なのに、と周りの大人たちを何度嘆かせたかは知れない。
そんな昔に比べれは今では大分落ち着いた方だとは思うが、生まれ持った気質はそうそう変わるものではなかった。
戦う相手が畑を荒らすもさもさから世界を脅かさんとする協会軍に変わっても、突撃型とでもいうような自分の戦いが改められることはなかったのだ。
それに関して文句を言われたのは、久しぶりのことだった。
そんな危なっかしい戦い方をされては、ハラハラしてこちらが見ていられない。もう少し落ち着いてから行動することを考えろ、と。
自分にそう告げた相手――ミーネの語調こそは厳しかったものの、それは本当に心配してくれているが故の言葉だと分かったから、自分は彼女の気遣いを素直にありがたく受け取っていた。
けれどもそれが自分の戦い方であったし、今までにも大きな怪我なくやってくることが出来たのだ。これからだって、この調子で何とかなるだろう――そんな根拠のない自信から、その時は「大丈夫」と笑いかけて納得のいかなさそうな彼女を躱したものだった。
まさかその数日後に、彼女の前で倒れることになるとは思わなかったのだが。
前衛を担う自分と、後衛を担う彼女。後方からの援護があるからこそ、自分は安心して前に出ることが出来る。自分が攻撃を防ぐことで、彼女は落ち着いて援護が出来る。そうして隊列が組まれるのではあるが、いかなる場合でもこれを型通りに実践出来るわけではなかった。
たとえば、背後からの奇襲を受けようものなら、この隊列はたちまち意味を為さなくなるのだ。
音を消すほどの豪雪が吹き荒れるチオルイ山、徐々に迫り来るモンスターの存在に一行が気付くことはなかった。
突然の咆哮に振り返れば、そこには巨大な魔獣の姿。今にも突進せんといきり立つ角は、一直線上にミーネの姿を捉えていた。
彼女は優秀な猟兵だけれど、急に懐に入られれば自分を守る術を失ってしまう。そしてモンスターはその図体に反して、俊敏な動きを取れることをナマエは知っていた。ただ、実際にはそんなことを考えるより先に、彼女を庇おうと身体が勝手に動いていたのだけれど。
その後のことは覚えていない。
今、テハの宿屋のベッドの上で気が付くまでの記憶は、一切残っていなかった。
「……?」
目覚めた瞬間に感じたのは、右手の温かさ。
それから瞼を持ち上げて飛び込んできたのは、綺麗な薄緑色をした長い髪だった。
「ミーネ……?」
彼女の名前を呼んでみる。しかし返事はなく、聞こえてくるのは小さな寝息だけだった。
数度瞬きをしてから、改めて傍らの椅子に腰掛ける彼女の顔を見る。少し俯いた顔、伏せられた瞳とそれを縁取る長い睫と。整った寝顔は見とれてしまうほどだったが、安らかなものではなかった。
彼女の両手が、自分の右手を包み込んでいる。
あの後、山の麓にあるこの村に運ばれてからどれくらいの時間が経ったのかは分からないが、もしかするとずっとここにいてくれたのかもしれない。
腕を支えにして、静かに上半身を起こした。
身体の節々が軋むように痛んだが、程度はともかく自分が負ったのは打撲の類のものだけだろう。裂傷の痛みは感じられないし、気を失ったのはおそらく打ち所が悪かったせいであるように思われた。
重なり合っている手の上に、そっと左手も添えてみる。
少しだけ握るように指先を曲げた瞬間、グレーがかった緑の双眸がぱっと開かれた。
「おはよう、ミーネ」
驚いたような表情も、ほっとしたようなそれも、見せたのはどちらも一瞬。
次にはもう、彼女の柳眉は吊り上がっていた。
「おはよう、じゃないわよ……!」
椅子から立ち上がった彼女に抱きしめられる。
きゅう、と控えめに込められる力は、痛くなかったけれども痛かった。ひどく心配をかけてしまったのだ。
「……ねえ、ミーネは怪我してない?」
こうしているくらいだから、恐らく大丈夫なのだとは思うけれども。
あの時、小柄な方とは言え体格以上の装備をした自分が、加減をする余裕もなく華奢な彼女を突き飛ばしたのだ。倒れる際には雪が緩衝になったかもしれないが、ぶつかったときには相当痛かったのではないかと思う。
しかしこの発言は、彼女の気に障ってしまったらしかった。
「わたしのことはどうでもいいわ!」
「でも、考えなしに突き飛ばしちゃったし。痛かったでしょ?」
「そんなことはいいって言っているの!」
身体が離れ、真っ直ぐな視線を送られる。
いつも凛とした勝ち気な彼女が、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「本当に、バカな子なんだから……!」
肩には手を置かれたまま、ぷいと顔を背けられてしまった。
「……」
「……」
「……ミーネ、怒ってる?」
「……当たり前よ!」
肩を掴む指に力が込められる。
心なしかそれは微かに震えていた。
「……ごめんね」
こんなに心配をさせてしまって、申し訳ないと思う気持ち。
それに偽りはないけれども、間違ったことをしたとは少しも思わない。
「……だから、落ち着いて行動しなさいって言ったのに」
もしも再び今回のようなことが起こったならば、自分はきっと同じ行動を繰り返すのだろう。彼女は大切な友人だから。守りたいから。
心配させて怒らせて、けれどもそれで彼女が傷を負うことがないのなら、何度でも。
許して欲しい、という気持ちまでは伝わらなくていい。ただ、そんな意味も込めて、不貞腐れたように呟く彼女の手の上に自分のそれを重ねた。
「これからはちゃんと気をつけるから。……でも、別に大したことなかったよ?」
「それは結果論でしょう?」
「だけど、本当に何ともないもの」
懲りずに言えば、ミーネは溜め息をつきながら横を向いていた視線をこちらに戻した。
「……ナマエ、駄目よあなた、全然分かってない。どれだけ人に心配をかけたと思っているのよ」
呆れたような言葉はそれでも温かい。
まるであれこれと手を焼いてくれる姉のようだ、と、思ったことをそのまま口にしてみた。
「ミーネはお姉ちゃんみたいね」
「あなたが妹だったら苦労しそうだわ」
返ってきた手厳しい言葉に唇を尖らせれば、やっとで彼女に笑顔が戻ってくる。
「……まあ、バカな子ほど可愛い、って言うけれどね」
ぽん、と軽く頭を叩かれる。
それから、ミーネは元いた椅子へと腰を下ろした。
「さ、横になって安静にしてなさい? 他の二人は先に城へ帰らせたけど、わたしはここにいてあげるから」
「ええ? 今からでも動けるのに」
「駄目。絶対に許さないわ」
指を立てながらぴしゃりと言われてしまっては、素直に彼女に従うほかない。
大人しく体を横たえさせると、上掛けを首元まで引き上げられた。乱れて瞼にかかった前髪を指先でそっと除けてくれる。髪をはらった手にそのまま目元を覆われたのは、礼を述べようと口を開きかけたときだった。
「……庇ってくれてありがとう、ナマエ」
――ああ、これだから。
勝ち気で可憐でほんの少し意地っ張りで、誰より優しい友人を守りたいと願ってしまうのだ。
「ふふ、どういたしまして」
きっと今、ミーネはものすごく可愛らしい顔をしているのだろう。