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les cadeaux
最近、彼と一緒に過ごす時間が減ったような気がする。
それは例えば気持ちが冷めてしまっただとか、何か良くないことがあって仲が険悪になってしまっただとか、そういうことではない、と思う。そもそも彼は元々がああいう人だから、四六時中べたべたとひっ付いているわけにもいかないし、わたし自身そういう風になりたいと思っているわけでもないのだ。
いわゆるそういう間柄になってから今まで、わたしたちの関係はきっと変わってはいない。ただ、一緒にいられる時間だけが少し短くなってしまったように思う。そしてそれは、いつ探しても彼が城のどこにもいなかったり、いたとしても仕事を引き受けていたりということが多くなったからだった。
今までもここ数日も問題らしい問題なんて何もなかったし、避けられてるだとかそういうことではないと思いたい。
……もしかしたら、自分では気がつかないうちに何か気に障ることをしてしまっていたのかもしれないけれど。
そうして考え事をしているうちに、気が付いたら森を抜けてしまっていた。
こんな風にぼうっとしながら一人で森を歩くだなんて不用心だったけれど、城の周りは大して危なくもないからまあいいことにしよう。
シトロ村で買った交易品を抱えながら城の裏門をくぐると、中の方から何やら大きな声が聞こえた。いつものようにゴルヌイさんが気合いを入れているのだろうと思ったけれど、目を細めてみればそこにはもう一人誰かがいるように見える。もちろんガドベルクさんではない、別の誰か。だんだん近付いていくにつれて、その影の主がはっきりと見えてきた。
ゴルヌイさんと向かい合っていたのは、さっきまで考えていたロベルトその人だった。
「い、いちまんにせんポッチだと……!?」
「小僧、文句あんのかあぁぁ!? こちとら魂込めて細工しとんじゃあぁぁぁ! 相応の金を出せねぇ奴に売るもんはねえぇぇぇ!」
「くそっ……仕方ない!」
こちらには気が付かないで、ロベルトは城の奥へ走っていってしまう。
確かにゴルヌイさんの造る装飾品は相当高価だ。けれども相応の金額だという本人の弁はもっともだと思う。
――それにしても、ロベルトがそんなものを欲しがっているだなんて知らなかった。
なんとなく意外な気もしたけれど、別に何らおかしいことでもない。アクセサリーは装飾の意味合いだけじゃなくて、色々な力を引き出してくれるから実用性だって高いのだから。
きっとそれを買うお金を作るために、たくさん働いていたんだろう。
そこまで欲しいものなら、少しくらい手伝ってあげても良いかもしれない。それに、必要なお金が貯まるまでの間ずっとこのままの状況が続くのは、やっぱり少し寂しいと思ってしまうから。
「シグ! オレに仕事を寄こせ!」
そのままエントランスへ足を踏み入れた瞬間、またまた彼の声が聞こえてきた。
「……何だよロベルト、またそれか?」
「魔物討伐でも畑仕事でも何でもいい! 何かあるだろう!?」
「つーか、何でそこまで働きたがるんだよ。おまえ、そんなに金ねぇの?」
「関係ないだろっ!」
今度は団長を相手にしている。
彼にお金の心配をされてしまうほど、ロベルトは必死だったのだろうか。そう思うと、なんだか少しかわいそうになってくる。
「ロベルト」
やっぱり、少し手伝ってあげよう。
そう決めて声を掛けると、彼は弾かれたように振り向いた。……そんなに驚くこともないと思うのだけど。
「……ナマエ」
困ったような、バツの悪そうな、そんな表情。
お金を貯めていることを、わたしには知られたくなかったのだろうか。別に隠すようなことでもないのに。
「やだ、なによその顔」
「べ、別に変な顔なんかしてないだろ!」
「そうかなあ。……それより、仕事探してるんでしょ? 大したことじゃないけど、頼めそうなことあるよ」
彼の態度に少し引っかかるものを感じながらも、とりあえずそれは置いて本題を口にしてみる。
頼めそうなことといっても、それは言葉通り本当に大したことじゃない。交易で遠出するのに護衛として付いて来てもらうという、わたしが考えているのはそんなものだった。そうすれば、彼が欲しいものを買う手伝いを仕事という名目でこっそりとすることが出来るし――こっそりする必要なんてないのかもしれないけれど、彼がわたしにそれを隠したがっている様子だからだ――旅の間に一緒にいることも出来るしで、一石二鳥というかなんというか、わたしとしてはそんなつもりでいたのだ。
それなのに。
「駄目だ」
渋い顔で一蹴された。これではさすがに、わたしの方も訝ってしまう。
「どうして? わたしだって、お金くらい持ってるよ?」
「そういう問題じゃない! とにかく、駄目なものは駄目なんだ!」
「だからどうしてよ!」
隠そうとすることよりも、当てにしてくれないことの方に苛立ってしまったんだと思う。
ただ、熱くなりやすいのは向こうも同じことで。つい語調を強めて問い直してしまったことを後悔するその前に、矢のように言葉が返ってきた。
「決まってるだろ! おまえに貰った金でおまえへのプレゼントなんて買え――」
言葉が途切れてから数秒、時間が止まったような気がした。
彼が音を立てて息を呑んだのと合図に時は再び流れ出したようで、わたしの目の前の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。そして、
「い、今のは違うからな! なんでもないからな!!!」
半ば叫ぶように大声でそう言うと、ロベルトは階上の方へ全速力で走って行ってしまったのだった。
――まさか、そういうつもりだったとは。
だったらわたしは彼に悪いことをしてしまったのかもしれない。
それでも、申し訳なさよりも嬉しさの方がずっと勝っていた。さっきまでの、モヤモヤとしたすっきりしない感じは跡形もなく吹き飛んでしまっている。あのロベルトが、わたしに何かを贈ろうとしてくれたという事実、それだけでもう。
「……へぇ、アイツにもそーいうとこあったんだな」
呆れていたのか面白がっていたのか、今まで黙って見ていたらしい団長がしみじみとそう呟いた。
***
「ロベルト、あのね」
あれから少し時間が経った後、わたしは彼の部屋を訪ねに来ていた。
もしかしたら部屋には戻っていないんじゃないか、だとか、変な所でプライドの高い彼のことだから、仮に部屋にいたとしても、わたしが相手では今は開けてくれないんじゃないかだとか、そんな予想はありがたくも両方当たらなかった。
むすっとした様子ではあったものの、彼は結局わたしを中へと招き入れてくれたのだった。
「さっきの事なんだけど、」
「……」
「わたし、嬉しかったよ?」
口をへの字に曲げ、眉間にはしわを寄せたまま表情を変えなかった彼だけれど、その肩がびくりと動いたのをわたしは見逃さなかった。
「だって、内緒にしてたのもわたしを喜ばせようとしてくれたからなんでしょ?」
「……おまえがあまりにも飾りっ気なさすぎるから、何とかしてやろうと思っただけだ!」
例によって、彼の言い分はこんな風にめちゃくちゃだった。
だけど、今はそれすらも嬉しくて仕方がない。
「それでもいい」
二人並んで腰掛けたベッド、僅かな距離をさらに詰める。
見つめ合うこと数秒。ロベルトは観念したかのように溜め息をつくと、やがて口を開いた。
「……本当は、今日渡すつもりだったんだぞ。でも」
「いいの、」
恐らくは値段を低く見積もりすぎただとか、きっとそういうことだろう。
けれども受け取っただとか受け取っていないだとか、それがいつになっただとか、そんなのはわたしにとって少しも問題じゃなくって。
「そういう気持ちだけで、本当に嬉しかったんだから」
そう、それが何よりわたしにとって、一番に幸せなことだったのだ。
「ね、そっちは気長に待ってるから、とりあえず今はこれでいいよ」
顔を少しだけ上向かせてから、わたしはゆっくりと瞼を下ろす。
視界を閉ざしてしまっても、その向こうできっとひどく慌てている彼の様子は目に見えるようだった。
――彼が決心してくれるまで、こっちの方も気長に待たなければいけないかもしれない。